中医臨床 2010年9月号(殿筋強化)|中医臨床|専門誌・学会論文|大阪市天王寺区のまり鍼灸院

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専門誌・学会論文

2010年09月04日

中医臨床 2010年9月号(殿筋強化)

興味深い鍼灸症例 殿筋強化による腰痛の改善

まり鍼灸院 中村 真理
指導 関西東洋医学臨床研究会 蔡 暁明

はじめに

当院では、体質を改善するために、すべての治療に対し、弁証論治による全身治療を採用している。大殿筋は、直立姿勢の保持や、起立時・歩行時・階段の昇降時に必要な筋肉である。大殿筋が弱ると、重心が後方になり、股関節が過伸展し、腰椎の前攣を増強した姿勢となって、腰痛が発生しやすくなる。また中殿筋、小殿筋は歩行時、着地している側の中殿筋と小殿筋とが外転して、反対側の骨盤を持ち上げる。中殿筋・小殿筋が弱ると、歩行時の骨盤の傾きや、左右移動が大きくなり、腰部が大きくなり、腰部の筋肉や腰椎に負担がかかりやすくなり、腰痛が発生しやすくなる。

今回、臀部の筋力低下がみられる腰痛症の患者に対して、全身治療と、大殿筋・中殿筋・小殿筋の筋力強化治療を実施した結果、臀部が引き締まってヒップトップの位置が高くなり、腰痛が改善された。中医学弁証論治が殿筋強化に及ぼす効果と弁証タイプ別(気虚・痰湿・陰虚)の治療による有効性が示唆されたので報告する。

殿筋強化治療の考え方

殿筋強化の鍼灸治療は、腰部局所の鎮痛効果だけでなく、正しい姿勢での起立・歩行等が可能になるので、根本的な腰痛の改善となる。出産・加齢・運動不足などによる筋力低下が原因の腰痛はすべて対象となる。また、一度殿筋強化がはかられると、長時間正しい姿勢で歩行できるようになり、立位時も殿筋が意識できるようになるため、腰痛が再発しにくいと考える。

「筋力低下」は、中医学では気虚の典型的な症状「四肢無力」に代表される。筋力が低下すると、少しの負荷でも腰を痛める原因となる。また、疲労により筋肉が栄養されず、腰痛が悪化する事も多い。鍼灸治療により、脾胃の機能を高め、臀部の筋肉が強化されると、腰に負担をかけずに立つことができるようになり、腰痛が改善される。また、腰部の血流が改善されると、腹部(脾胃)の血流も改善され、腹部(脾胃)の機能は活発になり、便秘をはじめ腹部のさまざまな症状が改善されると考える。

筋肉が細く筋張り、なかなか筋肉がつかない陰虚タイプ、血虚タイプは、殿部の筋肉も細く痩せ、筋張る。栄養不足により筋肉が充実しないため、「殿部の肉」は厚みを失い、板のようになる。また、慢性腰痛が多い。鍼灸治療を行うことで、身体の陰(水分)や血を補い、筋肉は栄養され、厚みが出るようになる。このタイプは腰部の皮膚も乾燥して、色もくすんでいる事が多いが、「殿筋強化」により、全体の症状が改善される。

殿筋強化の治療は、腰痛に対する効果も高いが、見た目の効果も高く、臀部は引きしまり、ジーンズ等がサイズダウンしたとの声も聞かれる。

中医弁証論治による全身治療により、すべてのタイプの殿筋強化が可能になると考えている。

鍼灸治療による殿筋強化の有効性

(1)問診票による評価

殿筋強化問診調査

調査期間 2007年10月~2010年4月
対象者 殿筋強化治療を10回体験した女性患者9人
平均年齢 44.4歳
評価方法 悩み症状はNRSを用いた。症状に対する悩みの程度を0~10の11段階にて評価(数値が大きいほど悩み度は高い)。
結果
1.年齢
図1 年齢別構成比 n=9
殿筋強化治療を希望する患者は30代から50代に集中している。出産や加齢により生じる筋力低下が目立つ年代である(図1)。
2.動機
図2 殿筋強化開始動機(複数回答可) n=9
殿筋強化治療を希望する患者のうち、46.2%が、殿部の筋力向上により、腰痛を治したいと考えている。一部、ヒップアップという美容目的もある(23.1%)(図2)。
3.殿部の悩み症状
図3 お尻の悩み症状別施術前後比較(平均)及び出現率 n=9
殿部の悩み症状は、「たるみ」「形」が高い。また悩みを訴えた人の割合は、「たるみ」「形」「大きさ」において100%と9人全員が悩みを訴えている。悩みの施術前後比較においては、すべての項目において改善がみられた。特に、悩みの高い「たるみ」「大きさ」について改善ポイントが高い(図3)。
4.腰痛の改善度
図4 腰痛改善度平均 n=9
殿筋強化をはじめる動機で最も高かった腰痛について、治療前後での悩み度の平均を比較した。施術前8.1、施術10回終了後5.2と2.9ポイント改善が見られた(図4)。
5.満足度
図5 施術10回終了時満足度 n=9
治療10回終了時満足度については、大満足(9・10)33.3%、満足(7・8)44.4%と、満足と回答された方が77.7%に達した。一方、不満(0~3)は0%であった(図5)。

対象人数が9人とまだまだ少ないが、「腰痛と殿部の悩み」に改善がみられ、確実に鍼灸の効果を体験できる分野といえる。

(2)殿部サイズによる評価

治療後における殿部サイズの変化を見ると、トップは平均1.1cmサイズダウン、トップ位置(仙骨から左右の殿部の一番高い所)は、右1.8cm、左1.7cm高くなり、殿部の縦の大きさ(仙骨上部から殿部と大腿部の境目)は、右0.9cm、左1.7cm小さくなった。全体に殿部が小さく引き上がったことがわかる。

以上の評価より、鍼灸治療による殿部強化は可能である事が示唆された。

弁証タイプ

殿部強化治療における、弁証タイプ別は、気虚・痰湿・陰虚の3タイプに分類される。

気虚タイプ
原因と特徴 仕事の頑張りすぎや、ストレス、食事の不摂生が原因となる場合と、生まれながらに気が不足している場合がある。よく気力がないなどといわれるように、全身の機能が低下する。顔の頬が垂れ下がるように、殿部の筋肉も下がり、張りがなくボッテリとした殿部になる。
症状 ホウレイ線が気になる、皮膚に張りがない(水太り)、むくみやすい、食欲がない、四肢(手足)がだるい、話すのが億劫、汗が出ると止まりにくい、寒がり・冷え性、少し動くと息切れがする
殿部 四角くボッテリ下がっている。
淡・胖大、薄白苔
治療 全身の気を補う治療をする。全身の機能が向上し、すべての筋肉に張りを出していく。上記症状も同時に治療し、何事にも意欲的になるよう、調整していく。殿部では筋肉に張りをもたせ、無気力で垂れ下がった殿筋を引き上げて、腰痛を改善する。
治則 補中益気
配穴 合谷・足三里・中脘・気海・膻中・脾兪・百会
痰湿タイプ
原因と特徴 体質的に脾胃の働きが悪いため、津液の運化失調となり、痰湿が発生する。また脂っこいもの、甘いものを食べ過ぎて痰湿が停滞する。どちらも体内の気血津液の流れが悪くなり、殿部にも脂肪がつき、垂れ下がる。
気虚タイプと比較すると、皮膚表面には張りがある。
症状 ニキビ・湿疹ができやすい、身体は太い、口が渇きやすい、身体が重だるい、摂食量が多い、胸がつかえて苦しい、暑がり、便秘・排便後スッキリしない。
殿部 四角くやや下がっている。
胖大・歯痕、厚膩苔
滑濡
治療 全身に溜まった痰湿を取除いて、全身の気血津液の流れがスムーズになるよう、治療していく。殿部の筋肉を鍛え、さらに筋肉の間の水や脂肪を燃やしやすくなる様治療していく。お尻を小さくし、さらにヒップアップを同時に実現する。
治則 健脾化湿
配穴 陰陵泉・豊隆・足三里・三陰交・合谷・脾兪
陰虚タイプ
原因と特徴 ストレスや慢性病などにより、津液を損傷して陰虚となると同時に、血の量も減少する。殿部の筋肉は血によって栄養されており、栄養分である血が足りないために、臀部の筋肉は痩せて、筋力低下を起こし垂れ下がる。臀部の皮膚の色がくすんで、薄茶色で乾燥している。
症状 五心煩熱、口・咽喉が渇くが量は飲めない、尿量は少なく黄色、身体は細い(太りにくい)、皮膚は乾燥しやすい、目が疲れやすく、乾燥する、腰がだるい、神経質。
殿部 痩せて下がり、平ぺったい。
紅・少津、少苔
細数
治療 全身の水分を補い、身体全体が潤うように治療していく。また水を補う事で血の量も増え、筋肉も栄養される。殿部は全身で補った水や血で筋肉も潤い栄養されるので殿部の筋肉を鍛えて筋力向上をはかり、腰痛を改善する。
治則 滋陰補腎
配穴 太谿・三陰交・腎兪・太衝・肝兪・風池
局所治療

局所治療として、大殿筋・中殿筋に対してアプローチする。配穴は、大腸兪・膀胱兪・梨状筋部・腸骨上中部・居髎・大転子後下方である(写真参照)。低周波を本人が気持よいと感じるくらいの周波数で8分間通電する。

  • 局所治療1
  • 局所治療2
症例1 気虚タイプ
患者 31歳、女性
主症状 腰痛・肩こり
随伴症状 目のくま・充血・冷え性・疲れやすい
経過:後面
  • 施術前
    施術前
  • 6回
    6回
  • 10回
    10回
経過:側面
  • 施術前
    施術前
  • 6回
    6回
  • 10回
    10回
施術前垂れ下がり、力の入りにくかった大殿筋に、自然な筋緊張がみられるようになった。中殿筋も締まりがなかったが、かなり引き締まった印象を受ける。
治療回数 トップ 大腿周径 仙骨~トップ 仙骨~ヒップ下
施術前 84.5 49.5 15.0 27.0
8回目 83.0 45.8 13.3 25.0
16回目 82.6 44.6 13.5 23.5
患者コメント
立位時・歩行時に殿筋を意識出来なかったが、治療により殿筋が収縮しているのを感じ取れるようになった。ジーンズ着用時に、顕著に殿筋が作れていたのがわかる。
症例2 陰虚タイプ
患者 30歳、女性
主症状 腰痛、肩こり
随伴症状 肌荒れ、生理痛、眼精疲労
経過:後面
  • 施術前
    施術前
  • 5回
    5回
  • 8回
    8回
経過:側面
  • 施術前
    施術前
  • 5回
    5回
  • 8回
    8回
施術前大殿筋は横に広がり、中殿筋は張りがなかった。施術により、いずれも適度な筋収縮が見られるようになった。また腰痛も以前と比較すると、かなり楽になった。
治療回数 トップ 大腿周径 仙骨~トップ 仙骨~ヒップ下
施術前 88.8 51.9 15.5 24.0
8回目 89.6 51.2 14.5 23.4
16回目 89.7 51.1 14.4 23.9
患者コメント
歩行時に殿筋を意識して歩けるようになった。今では腰痛は気にならない。殿部の形も綺麗になって、自信がついた。

結語

今回、臀部の筋力が低下して、力が入りにくい、うまく動かせない患者が、鍼灸治療により歩行時や筋肉トレーニング時に臀部の筋肉を意識して動けるようになった。また、臀部の筋力が向上する事で、慢性腰痛が改善することが示唆された。まだ9人と対象人数は少ないが、治療に対する満足度から見ても、腰痛治療の一つの手段になり得る可能性は高いと考える。今後は、中医学弁証論治のタイプ別の治療の効果や優位性と、中医学弁証論治による全身治療が、殿筋強化に及ぼす効果などについて検証していきたい。

参考文献

  1. 邱茂良、孔昭遐、邱仙霊編著:中医針灸の治法と処方.東洋学術出版社、千葉、2001
  2. 王富春編著:経穴治病明理。科学技術文献出版社、北京、2000
  3. 天津中医薬大学、後藤学園編著:針灸学「経穴篇」.東洋学術出版社、千葉、1997
  4. 天津中医薬大学、後藤学園編著:針灸学「臨床篇」.東洋学術出版社、千葉、1993
  5. 李世珍:臨床経穴学.東洋学術出版社、千葉、2001
  6. 神戸中医学研究会:基礎中医学。燎原書店、東京、1995
  7. 内山恵子:中医診断学ノート.東洋学術出版社、千葉、1999
  8. S-Hoppenfeld:図解 四肢と脊椎の診かた.医歯薬出版、東京、1984

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